ホテル・宿泊施設で必要な非常用トイレ対策|宿泊客・従業員を守る防災備蓄
ホテルや旅館では、宿泊客の人数が日によって大きく変わります。満室の夜もあれば、閑散期の静かな平日もあります。そして災害は、時間を選びません。多くの宿泊客が眠る深夜や、スタッフが手薄な早朝に大きな地震が起きることも、十分に考えられます。
断水や排水設備の損傷が起きれば、多数の客室トイレが同時に使えなくなるおそれがあります。館内にいるのは宿泊客だけではありません。フロントや夜勤のスタッフも施設内に残ります。だからこそ宿泊施設には、一般的な企業とは異なる備蓄設計と運用ルールが必要です。
この記事では、公的機関の情報とIPIC SONAEの実務的な提案を分けて整理し、ホテルのご担当者が「自施設では何を決め、何を備えればよいか」を判断できる形にまとめました。
この記事の結論
- 備蓄の対象は宿泊客だけではない。館内に滞在する従業員も含める
- 人数は繁忙期・最大収容人数・従業員数を踏まえ、施設ごとに想定する
- 保管条件・災害リスク・在庫管理・アクセス性から配置を決める
- 夜間の運用手順と、多言語・ピクトグラムの案内を平常時に決めておく
- 使用済み袋の回収・一時保管・処分まで含めて設計する
ホテル・宿泊施設で非常用トイレ対策が必要な理由
ホテルで非常用トイレが必要になる理由は、一般的な防災論だけでは説明しきれません。家庭やオフィスと違い、ホテルには「同じ設備につながった多数のトイレ」と「施設に不慣れな多数の人」が同時に存在するからです。ホテル特有の課題を、4つに整理しました。
多数の客室トイレが同時に使えなくなる
多くの客室が同じ給排水系統につながっているため、断水や排水設備の損傷で一斉に止まるおそれがあります。
宿泊客が施設の防災ルールを知らない
使用停止の判断や館内の手順を知らず、そのまま流してトラブルが広がることがあります。
深夜・早朝は対応スタッフが限られる
少人数の夜勤帯に発災すると、初動対応や宿泊客への案内を担う人手が足りなくなります。
宿泊客も従業員も帰宅できない
交通機関が止まれば、宿泊客はチェックアウトしても移動できず、従業員も帰宅できず滞在が続きます。
「水が出る=トイレを流してよい」ではありません
給水(上水)が復旧しても、排水管や下水道が損傷していれば、流した水や汚物が逆流・あふれ出すおそれがあります。建物や配管の安全が確認できるまでは、水洗トイレの使用を控える判断が必要です。地震直後の初動は地震でトイレが使えないときの対処法、集合住宅の考え方はマンションの断水時トイレ対策で解説しています。
地震や断水そのものの基礎知識は既存記事で詳しく扱っています。この章ではホテル特有の論点にしぼり、深掘りは非常用トイレ完全ガイドに譲ります。
ホテルでは誰の分を備蓄する?対象人数の考え方
ホテルの備蓄でつまずきやすいのが「誰の分を数えるか」です。宿泊客だけを数えると、必要数を大きく見誤ります。災害時に館内へ滞在する可能性がある人を、幅広く想定しましょう。
ただし、常に全員を一律に加算すべきというわけではありません。「その時間帯に館内へ滞在する可能性がある人数」を施設ごとに見積もるのが現実的です。24時間体制の従業員を含め、来館者・飲食利用者等をどこまで対象にするかは、自館のBCP・施設運用・自治体との協定等に応じて決めます。
満室時を基準にするべき?
最大収容人数だけで機械的に決める必要はありません。実態に合わない過剰備蓄は、保管スペースと入れ替えコストの負担になります。次の要素を踏まえて、自館に合った水準を決めます。
- 最大収容人数(満室時の宿泊客数)
- 繁忙期の宿泊人数・通常稼働
- 従業員数(夜間勤務者を含む)
- レストラン・宴会利用者
- 立地・周辺交通・地域の災害リスク
- 施設のBCP、近隣避難所や自治体との関係
平均稼働率だけで計算すると不足するおそれ
通常稼働の人数で備えると、繁忙期の満室時に足りなくなります。一方で、すべての施設が常に「最大収容人数×7日分」を備える必要があるとも限りません。
繁忙期に想定される宿泊人数と従業員等から対象人数を設定し、自館のBCP・所在地の制度・施設の役割に応じた備蓄日数で必要回数を算出します。
宿泊客・従業員数別|非常用トイレ備蓄早見表
必要数は「対象人数 × 1人1日あたりの回数 × 備蓄日数」で計算します。1日あたりの回数には、公的機関が示す目安を用います。
対象人数 × 5回/日 × 備蓄日数 = 必要回数
経済産業省は、成人のトイレ回数を1日約5回とし、1人あたり35回分(=1週間分)の備蓄を目安として示しています。
経済産業省は成人の平均排泄回数を1日5回とし、災害時用トイレを1人35回分/週備える考え方を案内しています。東京都では帰宅困難者対策として従業者の3日分の備蓄等が示されています。備蓄日数は全国一律に「3日が最低・7日が推奨」とせず、所在地の制度、自館のBCP、施設の役割に応じて設定してください。
早見表の「対象人数」は宿泊客の数ではありません
宿泊客に加え、災害時に館内へ滞在する従業員等を含めた合計人数で見てください。
| 対象人数(宿泊客+従業員) | 3日分 | 7日分 |
|---|---|---|
| 50人 | 750回分 | 1,750回分 |
| 100人 | 1,500回分 | 3,500回分 |
| 200人 | 3,000回分 | 7,000回分 |
| 300人 | 4,500回分 | 10,500回分 |
| 500人 | 7,500回分 | 17,500回分 |
上表は成人1日5回で試算した参考値です。自館のBCPで定める対象人数と備蓄日数を確認し、必要回数を製品のセット回数で割って必要箱数を算出します。回数の考え方は非常用トイレは何回分必要?、人数・日数別の詳しい計算は法人の非常用トイレ備蓄、BCP全体の位置づけは企業のBCPと非常用トイレで解説しています。
ホテル向け非常用トイレの選び方
ホテルの備蓄では「大量・長期・省スペース、そして誰でも迷わず使える」ことが選定の軸になります。一般的な選び方は非常用トイレの選び方に譲り、ここではホテルで特に効く6つの判断軸に絞ります。
長期保存
保存期間・期限の起点・保管条件を確認します。保存期間が長い製品は更新頻度を下げられる場合がありますが、棚卸し・期限管理は必要です。
省スペース性
数千回分でも収まるか。箱サイズと保管効率が、限られたバックヤードを大きく左右します。
使い方の分かりやすさ
宿泊客が初めて使用することを想定し、製品説明書に沿った案内を短時間で伝えられるか確認します。
凝固・防臭への配慮
吸水量・凝固性能、消臭・防臭機能の表示、確認できる試験情報を見ます(臭い対策)。
配布しやすさ
客室・フロア単位で配れるか。個包装や小分けのしやすさも確認します。
使用後の処理のしやすさ
処理袋でまとめやすく、回収・一時保管まで見据えられるかを確認します。
IPIC SONAEの非常用簡易トイレ「トイレのミカタ」についても、必要回数・セット内容・保存期間・使用方法という同じ基準で仕様を確認できます。60回分・120回分を展開しています。保存期間の考え方は保存期間の記事もご参照ください。
客室・各フロア・防災倉庫|どこに備蓄する?
ホテルでは「どこに置くか」が、災害時に本当に使えるかを分けます。特に停電でエレベーターが止まると、別フロアの倉庫まで取りに行けないことがあります。保管の考え方を「集中備蓄」と「分散備蓄」で比較します。
集中備蓄(防災倉庫)
- 在庫管理・棚卸しがしやすい
- 導入時の運用がシンプル
- 停電・エレベーター停止時に取りに行けないおそれ
分散備蓄(各フロア)
- 各階で完結でき、初動が速い
- 配布がしやすい
- 管理箇所が増え、数量把握のルールが必要
7つの観点で整理すると、それぞれの向き・不向きがより明確になります。
| 観点 | 集中備蓄 | 分散備蓄 |
|---|---|---|
| 管理のしやすさ | ◎ まとめて管理できる | △ 箇所ごとに管理が必要 |
| 初動の速さ | △ 倉庫まで移動が必要 | ◎ その場で対応できる |
| 配布のしやすさ | △ 運搬が必要 | ◎ 各階で配布できる |
| エレベーター停止時 | × 階移動が困難 | ◎ 各階で対応できる |
| 棚卸し | ◎ 一括で容易 | △ 分散で手間が増える |
| 紛失リスク | ◎ 把握しやすい | △ 管理徹底が必要 |
| 補充のしやすさ | ◎ 倉庫から一元 | △ 各所へ補充が必要 |
最適な配置は施設条件によって異なり、「必ず各客室へ置く」「必ず各階へ置く」と断定はできません。集中・分散にはそれぞれ利点と管理上の注意点があります。建物リスク、メーカー指定の保管条件、停電時の動線、在庫管理から自館に合う配置を決めてください。保管場所の基本は保管場所の記事もご参照ください。
災害発生時、ホテルのトイレをどう運用する?
発災後は「流してよいか」を判断し、非常用トイレへ切り替えます。おおまかな流れは次のとおりですが、設備・自治体・施設方針によって対応は異なります。
客室で使う場合
メリット
- プライバシーを確保しやすい
- 高齢者・移動困難者の移動負担を減らせる
- 共用部の混雑を避けやすい
課題
- 客室ごとに配布が必要
- 使用方法の案内が必要
- 使用済み袋の回収が複雑になる
- 一般ゴミへ捨てられるおそれ
共用スペースへ集約する場合
メリット
- スタッフが管理しやすい
- 使用方法を案内しやすい
- 回収しやすい
課題
- 移動の負担・混雑が生じる
- プライバシーの確保が難しい
- 高層階からの移動が負担
- エレベーター停止時の対応が必要
唯一の正解はありません。自施設の設備・人員・客層・動線に合わせて、客室方式と共用方式の組み合わせを事前に決め、従業員間で共有しておくことが重要です。使い方の手順は非常用トイレの使い方で確認できます。
宿泊施設だから必要な案内と利用者への配慮
宿泊施設ならではの備えが、多様な宿泊客への案内と配慮です。文章を重ねるより、平常時に「案内物」を用意しておくことが実務的です。
外国人宿泊客
- ピクトグラムを中心に伝える
- 自館の主要宿泊客に応じた言語+やさしい日本語
- 「水を流さない」表示
- 使い方・使用後の袋の扱い
観光庁の宿泊施設向け災害対応ガイドラインも参考になります。観光庁は、ピクトグラムで必要な情報を十分伝えられる場合にはピクトグラムの活用も有効としています。自館の宿泊客構成に応じて必要な言語・案内手段を準備します。
子ども
- 使用方法を分かりやすく伝える
- 大人が補助する
- 暗所への配慮
- 便座の高さ・使いやすさ
体調や健康への影響については断定を避け、負担になる可能性があるという前提で、必要に応じて自治体や専門家の情報を案内する姿勢が、宿泊客の安心につながります。
大量に発生する使用済みトイレをどう管理する?
ホテルでは、宿泊客と従業員の分を合わせると、使用済みの袋が短期間で大量に発生します。この一時保管の設計が、館内の衛生環境を大きく左右します。
災害時に通常どおり回収されない場合も想定し、自治体の案内と自館の衛生・安全管理に沿って一時保管場所と必要容量を決めます。宿泊客が一般ゴミへ勝手に捨てないよう、廃棄ルールを客室や共用部に掲示しておくと、混乱を防げます。
「必ず可燃ごみ」と全国一律には断定できません
使用済み袋の分別・回収ルールは自治体によって異なり、災害時は回収が停止することもあります。自館所在地の災害時ごみ処理ルールを平常時に確認しておきましょう。処分の基本は非常用トイレの処分方法で解説しています。
ホテルの防災担当者が平常時に決めておくこと
最後に、平常時に決めておくことを整理します。「備蓄する」だけでは運用できません。「配る・使う・案内する・回収する・保管する・補充する」まで決めて、はじめて災害時に機能します。
数量・保管
- 対象人数(宿泊客+従業員+予備)を決める
- 必要回数と箱数を算出する
- 保管条件・アクセス性・在庫管理を踏まえて配置を決める
- 備蓄責任者を決める
- 保存期限と棚卸し時期を管理する
運用・配布
- 配布担当を日中・夜間それぞれで決める
- 夜間の少人数体制での手順を決める
- 宿泊客への周知方法(館内放送以外の掲示・客室案内も)を決める
- 外国人向け案内(多言語・ピクトグラム)を用意する
使用後
- 使用済み袋の回収方法・担当・ルートを決める
- 一時保管場所を確保する
- 自治体の処分ルールを確認する
訓練・体制
- 防災訓練に非常用トイレを組み込む
- 採用製品の説明書に沿って、配布・使用・回収の手順を訓練等で確認する
- 委託スタッフとの役割分担を決める
施設規模に応じた備蓄をご相談ください
宿泊客数・従業員数・拠点数・備蓄日数に応じた必要数量の試算、法人・団体向けのお見積り、大口注文や納品数量・納期のご相談に対応しています。「トイレのミカタ」のセット内容・保存期間等も商品ページでご確認いただけます。
法人向けに相談する トイレのミカタを見るよくある質問
ホテルでは非常用トイレを何回分備蓄すればよいですか?
宿泊客だけでなく従業員分も必要ですか?
満室時を想定して備蓄するべきですか?
非常用トイレは各客室へ置くべきですか?
断水したら客室トイレは使えますか?
外国人宿泊客へはどう案内すればよいですか?
使用済み非常用トイレはどこへ保管しますか?
法人向けの見積もりや大量注文は可能ですか?
まとめ
ホテルの非常用トイレ対策は、「宿泊客と従業員の両方を、変動する人数のまま守る」ことが出発点です。人数は繁忙期や最大収容人数、従業員数を踏まえて施設ごとに見積もり、保管場所と配布方法まで決めます。
そのうえで、外国人や多様な宿泊客への案内、使用済み袋の回収と一時保管、平常時の訓練と棚卸し——ここまで設計して、はじめて災害時に機能します。まず自館の対象人数、採用する備蓄日数、現在庫、保管場所、運用方法がBCPと整合しているか確認します。必要数量の試算やお見積りは、法人向けの相談窓口でお受けしています。
IPIC SONAEは「防災を、『じぶんゴト』に。」を掲げ、宿泊施設の防災備蓄に役立つ情報を発信しています。
AUTHOR / SUPERVISOR
執筆・監修|防災士 山根
アイピック株式会社所属。2024年に防災士資格を取得。IPIC SONAEで展開してきた製品の開発にチームの一員として携わり、商品開発で得た実務的な知見と防災士としての知識をもとに、防災情報を執筆・監修しています。