防災リュックに現金はいくら必要?小銭・身分証など貴重品の備え方
防災リュックの中身をそろえていくと、多くの人が一度は手を止める項目があります。現金です。「いくら入れておけばいいのか」「ふだんはスマホ決済ばかりなのに、本当に必要なのか」。身分証やカード類まで考え始めると、迷いはさらに増えます。マイナンバーカードは入れっぱなしでいいのか。通帳や印鑑はどうするのか。
この記事では、公的機関の情報で確認できる事実と、IPIC SONAE編集部としての実務的な提案を分けて、防災リュックに入れる現金・小銭・身分証・重要情報の備え方を整理します。目指すのは「○円入れれば完成」という答えではなく、ご自身の家庭に必要な額と中身を、自分で決められる状態です。
この記事の結論
- 現金は、首相官邸や消防庁が示す非常持ち出し品の例にも含まれる、防災リュックに入れておきたい候補です
- 一方で、「1人○円」「家族で○万円」といった全国一律の推奨額は、2026年9月時点で公的機関の情報からは確認できません
- だから金額は、避難中・避難先で「現金でしか払えない場面」がどれだけあるかから逆算します。人数・移動手段・生活圏・キャッシュレスへの依存度で答えが変わります
- 高額紙幣だけに偏らず、少額の支払いに対応できる券種も組み合わせます。硬貨は使う場面を想定し、重量とのバランスを見て判断します
- 身分証や通帳の原本をすべて入れっぱなしにする必要はありません。「本人確認の手段」と「番号・連絡先の控え」を分けて備えます
防災リュックの現金はいくら?公的な「一律の金額」はない
最初に、いちばん知りたい点からお答えします。防災リュックに入れる現金について、国や自治体が「1人あたり○円」と全国一律の金額を示している情報は、2026年9月時点で確認できませんでした。
首相官邸の防災ページでは、非常時に持ち出すものの例として、預金通帳・印鑑・現金などの貴重品が挙げられています。消防庁の「非常用持出品チェックシート」にも、貴重品類として「現金」「10円玉」が並んでいます。ただし、いずれも品目の例であり、金額は示されていません。
検索すると「数万円」などの目安を紹介する記事も見つかりますが、それは各筆者の考え方です。国の推奨額と取り違えないようにしましょう。
一律の金額が示されていないのには、理由があると考えられます。現金が必要になる場面は、家族の人数、避難先までの距離、住んでいる地域の店の数、ふだんの支払い方法によって大きく変わるからです。都市部で徒歩避難する一人暮らしと、車で移動する乳幼児のいる家庭とでは、「現金で払う場面」の数そのものが違います。
必要額は「現金で払う場面」から逆算する
そこでIPIC SONAEでは、金額から考えるのではなく、場面から積み上げる方法をおすすめしています。次の順で考えると、自分の家庭に合う額が見えてきます。
どんな条件なら「多め」「少なめ」になるか
必要額を変えやすい条件を整理しました。左側は現金での支出が増える可能性を確認したい条件、右側は別の備えや普段の財布も含めて必要額を確認したい条件です。右側だから「少額で十分」と決まるわけではありません。
見積もりシートで、自分の数字を出す
最後は、実際に書き出してみるのがいちばん確実です。空欄を家庭の事情で埋め、合計を「リュックの現金」の目安にします。
現金の見積もりシート(例)
合計が、リュックに入れる現金の目安です。ただし「失くしても生活が立ち行かなくなる額」は入れません。
IPIC SONAEの防災リュックづくりでは、「避難直後の数日に、自分で賄う必要があるものは何か」を起点に中身を検討してきました。現金もこの考え方で整理できます。大切なのは金額の大きさより、使う場面が具体的に想像できているかです。使い道の説明がつかない分は、リュックではなく家で管理するほうが安全です。
キャッシュレス中心でも現金は必要?
ふだんキャッシュレス決済が中心の方ほど、リュックに少額の現金を入れておく意味は大きくなります。ただし「災害時はキャッシュレスが必ず使えない」わけではありません。現金とキャッシュレスは、どちらか一方を選ぶものではなく、互いの弱点を補う組み合わせとして考えると判断しやすくなります。
キャッシュレス決済は方式によって、店舗側の端末・電源・通信や、利用者側のカード・スマートフォン等に依存します。停電や通信障害で一部の決済が利用できない、スマートフォンの電池が切れる、臨時の販売所がキャッシュレスに対応していない、といった状況では、現金が役立つことがあります。
一方で、現金にも弱点があります。経済産業省の検討会資料では、災害時には現金の毀損や盗難のリスクもあり、必ずしも現金が優れているとは言えないこと、予備電源やオフライン決済の整備が進んでいることが指摘されています。
現金が役立ちやすい場面
- 停電・通信障害で決済端末が止まったとき
- スマホの電池が切れたとき
- キャッシュレス非対応の店や臨時の販売所
- 公衆電話を使いたいとき
キャッシュレスが役立ちやすい場面
- 端末と通信が生きている店での支払い
- 大きな金額を持ち歩かずに済ませたいとき
- 紛失時に利用を止められるカードやアプリ
- 水濡れ・汚れの影響を受けにくい
行動に移すなら、まず自分がよく使う決済手段が「スマホの電池が切れたら使えない」ものかどうかを確認してみてください。スマホ決済だけに頼っている方は、リュックの現金を少し厚めに。財布にいつも現金がある方は、リュックは補助として少額で足ります。スマホを使い続けるための電源の備えは、防災リュックに最低限必要なもので整理しています。
紙幣と小銭のバランス|千円札・硬貨はどう用意する?
券種の考え方はシンプルです。高額紙幣だけに偏らず、千円札など少額の支払いに使いやすい券種も組み合わせるのが一案です。硬貨は使う場面と重量のバランスを見て判断します。
理由は、災害時の支払いが少額になりやすいからです。飲み物ひとつ、バスの運賃一回といった支払いに一万円札を出しても、店側のお釣りが足りないことが考えられます。これは公的な基準ではなく編集部の考え方ですが、少額の券種も組み合わせておけば、細かい支払いに対応しやすくなります。
硬貨は「公衆電話」を意識して少し
硬貨の使い道として、公的な情報で裏づけがあるのが公衆電話です。
総務省の資料では、公衆電話は電話局から電力の供給を受けるため、停電時でも利用できるとされています。大規模な災害時には、NTT東日本・西日本の判断で公衆電話の通話が無料になることがあります。ただしNTT西日本によると、緑色の緊急通報ボタンがある機種では、無料化の実施中も硬貨かテレホンカードをいったん入れると発信音が聞こえる仕組みです。
東京都の防災ブック「東京くらし防災」では、外出時の習慣として、財布に10円玉・100円玉を各5枚以上残しておくことがすすめられています。
硬貨は、増やすほど重く、かさばります。自動販売機や公衆電話など「硬貨でなければ困る場面」を具体的に思い浮かべ、その分だけを小銭入れに分けておくのが現実的です。東京都の目安は外出時の財布についてのものなので、リュックにも同じ数を入れるかは、ふだん財布に入っている小銭とあわせて考えましょう。
身分証・カード類は何を入れる?2026年時点の制度で整理
身分証とカード類で大切なのは、「本人であることを示す手段」と「医療を受けるための手段」を確保することです。ただし、原本を防災リュックに入れっぱなしにするのがよいとは限りません。多くのカードは毎日持ち歩くものだからです。
「健康保険証を入れる」は、もう古い情報です
以前の持ち出し品リストには「健康保険証」と書かれているものがあります。しかし従来の健康保険証は有効期限を過ぎ、2026年9月時点では、医療機関の受診はマイナ保険証(健康保険証として利用登録したマイナンバーカード)または資格確認書が基本です。古いチェックリストをそのまま使っている場合は、見直しておきましょう。
おもな身分証・カード類について、リュックとの関係を整理します。
ここから導けるのは、「原本は財布で持ち歩く。リュックには、原本を持ち出せなかったときに役立つ情報を入れる」という役割分担です。カードを二重に用意できない以上、リュックを「もう一つの財布」にするより、控えと少額の現金で補うほうが現実的です。
災害で保険証類を失くしたり自宅に残したまま避難したりした場合について、熊本県は令和7年8月の大雨の際、氏名・生年月日・連絡先・住所などを申し立てることで医療機関を受診できると案内しています。ただし、こうした取扱いは災害ごとに案内されるものです。事前に当てにしすぎず、自分の状況を説明できる情報を控えておくことが備えになります。
通帳・印鑑・重要書類は?原本・コピー・控え・デジタルの使い分け
通帳や印鑑の原本を防災リュックへ常時入れておくことだけが、災害への備えではありません。原本の紛失リスクと、金融機関の災害時対応の両方を踏まえて考えます。
金融庁・財務局は、災害救助法が適用された災害などの際、金融機関に対し、預金証書や通帳、届出の印鑑を紛失した場合でも、被災状況を踏まえた方法で本人の申し出であることを確認し、払い戻しに応じるよう要請しています。
このため、原本を常時リュックへ入れるかどうかとは別に、本人確認に使える手段と、どの金融機関・支店に口座があるかを確認できる情報を整理しておくことが重要です。原本を入れっぱなしにする場合は、リュックごとの紛失・盗難リスクも考慮します。
書類の持ち方は、次の4つを使い分けると整理できます。
コピーや控えは「個人情報のかたまり」です
身分証のコピーや口座の控えは、失くしたときに悪用されるおそれがあります。入れるのは必要な情報だけにし、マイナンバー(個人番号)が記載された面のコピーや、暗証番号のメモは入れないようにしましょう。不要になった控えは、細かく裁断して処分します。
権利証や保険証券など、原本を常時リュックへ入れない書類については、自宅での保管方法と、必要な情報をどのように確認できるようにするかを決め、家族で保管場所を共有しておきます。
緊急連絡先と重要情報は「紙」でも持つ
家族の電話番号を、何も見ずに言えるでしょうか。スマホの電話帳に頼り切っていると、電池切れや紛失のときに誰にも連絡できなくなります。公衆電話から家族に電話するにも、番号がわからなければ始まりません。
A6程度のカードに、次の情報を書いて防水袋に入れておくと安心です。
- 家族それぞれの携帯電話番号と、勤務先・学校の連絡先
- 家族で決めた集合場所・避難先
- かかりつけ医と、常用薬の名前
- カード会社・金融機関の紛失時連絡先(マイナンバーカードは、デジタル庁が案内する24時間の総合窓口で利用停止を受け付けています)
災害時に安否を伝える手段として、NTTの災害用伝言ダイヤル(171)もあります。使い方を家族で一度確認しておくと、連絡先カードとあわせて役立ちます。
現金・貴重品はリュックのどこに入れる?
入れる場所の基本は4つです。見つけやすい、濡れにくい、落としにくい、盗まれにくい。
見つけやすさのために、貴重品は「いつも同じポケット」に固定します。水濡れには、ファスナー付きの小袋などで小分けに。落としにくさのためには、開閉の多い外ポケットより、内側のファスナー付きポケットが向いています。そして避難所では、リュックから離れる時間があります。現金と重要な控えは、身につけられるポーチに移して管理すると安心です。リュック全体の詰め方は防災リュックの詰め方、置き場所は防災リュックはどこに置く?で解説しています。
家族の場合|現金と重要情報は集中・分散のどちらがいい?
家族で備える場合、現金と重要情報を1つへ集中する方法にも、複数へ分散する方法にも長所と注意点があります。別行動になる可能性、誰が各リュックを持つか、管理しやすさを比べて家庭ごとに決めます。
1つのリュックに集中
よい点
- 管理・点検が一度で済む
- 金額を把握しやすい
注意点
- 担当者と離れると誰も使えない
- 失くしたときの被害が大きい
複数に分散
よい点
- 一部を失くしても残りが使える
- 別行動のときも各自が対応できる
注意点
- どこにいくら入れたか分からなくなりやすい
- 点検の手間が増える
ただし、全員が同じ現金・同じ書類を持つ必要もありません。家族構成によって、分け方は変わります。
複数へ分散する場合は、「誰のリュックに、いくらと何の控えが入っているか」を家族で共有しておきます。家族でリュックを何個用意するかの考え方は、防災リュックは何個必要?で詳しく解説しています。
防災セットに「入っていないもの」を足す
市販の防災セットは、初期避難に必要な用品をそろえる土台として便利です。一方で、現金、身分証、常用薬、連絡先の控えのように、人によって中身が違うものは、セットにあらかじめ入れておくことができません。ここが、自分で足す部分です。
たとえばIPIC SONAEの「防災リュック 1人用47点セット」も、公式ページの内容物一覧に現金や身分証、常用薬は含まれていません。
セット商品を開発する立場から見ても、セットを購入した時点で備えが完成するわけではありません。共通して必要な用品はセットでそろえ、現金・身分証・薬のように「その人にしか決められないもの」は、本人が中身を確認して足す。この二段構えで考えると、準備の抜けを減らせます。
基本の防災用品をまとめて準備したい方へ
保存水や保存食、ライト、ラジオ、携帯簡易トイレなど、初期避難で使う用品を1人分まとめた「防災リュック 1人用47点セット」をご用意しています。準備の土台として、現金や身分証などご自身に必要なものを加えてお使いください。
1人用47点セットを見る 防災リュック一覧を見る現金・貴重品チェックリスト
準備と点検に使えるチェックリストです。年に一度、中身を広げて確認するときにもお使いください。防災リュック全体の点検項目は防災リュックの中身チェックリストにまとめています。
現金
- 見積もりシートで決めた金額が入っている
- 高額紙幣だけに偏らず、少額の支払いに使いやすい券種も組み合わせている
- 硬貨は使い道を決めた分だけ、小銭入れに分けてある
- 入れすぎていない(失くしても生活が立ち行く額か)
本人確認・医療
- マイナ保険証または資格確認書を、ふだんどこで管理しているか家族が知っている
- 古い「健康保険証」のコピーやリストが残っていない
- 常用薬の名前、お薬手帳の情報を控えている
情報・連絡先
- 家族の電話番号・集合場所を書いた連絡先カードがある
- 口座のある金融機関・支店、カード会社の紛失連絡先を控えている
- 暗証番号やマイナンバー(個人番号)を書いたメモを入れていない
収納・管理
- 現金と控えを防水の小袋に入れ、決まったポケットに入れている
- 家族それぞれのリュックに何が入っているか共有している
よくある失敗
- 高額紙幣だけを入れている少額の支払いでお釣りが用意できない場面も考えられます。少額の支払いに使いやすい券種も組み合わせます。
- 「多いほど安心」と大金を入れているリュックは紛失・盗難のリスクがあります。使い道の説明がつく額にとどめます。
- 通帳・印鑑・身分証の原本を入れっぱなしにしている日常で使えないうえ、失くしたときの被害が大きくなります。原本は財布や自宅、リュックには控えを。
- カードを全部まとめて入れている必要な決済手段を確認し、すべてのカードを一か所へ集中させないようにします。紛失時の連絡先も別に控えておきます。
- 家族の現金と情報を1つのリュックに集めている担当者と離れると、家族全員が困ります。
- 濡れ対策をしていない雨の中の避難で、紙幣や控えが読めなくなることがあります。
- 家族が中身と場所を知らない用意した本人がいないと、誰も使えません。
よくある質問
防災リュックに現金はいくら入れればいいですか?
一万円札でまとめて入れてもいいですか?
小銭は必要ですか?何枚くらい入れますか?
マイナンバーカードは防災リュックに入れておくべきですか?
健康保険証のコピーは入れたほうがいいですか?
通帳と印鑑は持ち出したほうがいいですか?
クレジットカードやキャッシュカードは入れますか?
家族の分の現金はまとめて管理したほうがいいですか?
まとめ
防災リュックの現金に、全国一律の正解額はありません。だからこそ、避難中に現金で払う場面を書き出し、自分の家庭の数字を出すことに意味があります。紙幣は少額の券種を中心に、硬貨は使い道を決めて少し。身分証や通帳は原本を入れっぱなしにせず、本人確認の手段と、番号・連絡先の控えを分けて備えます。
今日できることは一つで十分です。見積もりシートの空欄を一つ埋めてみる。家族の電話番号を紙に書き出してみる。その小さな一歩が、もしものときの安心につながります。防災を、『じぶんゴト』に。IPIC SONAEは、日々の見直しを通じた備えを提案しています。
執筆・監修|防災士 山根
アイピック株式会社所属。2024年に防災士資格を取得。IPIC SONAEで展開してきた製品すべての開発に携わり、商品開発で得た実務的な知見と防災士としての専門知識をもとに、防災情報を執筆・監修しています。
参考情報・関連情報
- 首相官邸「防災特集」(非常時の持ち出し品の例)
- 消防庁「非常用持出品チェックシート」(PDF)
- 政府広報オンライン「防災特集|災害に事前に備える」
- デジタル庁「マイナンバーカードの健康保険証利用」
- デジタル庁「よくある質問:マイナンバーカードの健康保険証利用について」
- 厚生労働省「マイナンバーカードの健康保険証利用(マイナ保険証)について」
- 熊本県「医療機関等を受診される被災者の皆様へ」
- 熊本県「マイナ免許証をお持ちの方、保有を検討されている方への海外渡航の際の注意点」(マイナ免許証の運用開始日)
- 金融庁「災害等における被災者等支援について―金融上の措置要請―」
- 経済産業省「キャッシュレス推進検討会 とりまとめ(案)」(PDF)
- 総務省「公衆電話の特徴と使用方法」(PDF)
- NTT西日本「公衆電話インフォメーション|災害対策」
- 東京都「東京くらし防災」(公衆電話で必要な小銭)
- NTT「重要通信の確保」(災害用伝言ダイヤル171)